子供の当たり前は家庭から。生活ぶりは子どもに見られています。

えりぃと申します。

本日もゆとりがなくても子育てを楽しむ方法をお伝えしていきますね。

昨夜は「逃げ恥」の最終回でしたね。

にわか、もいいところなわたしは

最終回だけ拝見しました。

ヒットしていることをネットで知り、

恋ダンスも聴いたら

ハマりこんで

星野源まで好きになり、

ようやく観よう!

と思った時には最終回でした^^;

子どもが産まれてから

流行とか、ブームには乗れていません。

その逃げ恥の最後で

みくりが「あ!火曜日だった!」と言って

ひらまさとハグをするシーンがあったのですが

子供の習慣と同じだ、と

観ながら思いました。

我が家ではケンカをしたら

最後は仲直りの「ギュっ」で終わり、

が習慣となっています。

兄弟喧嘩はどこまで見守るか?経験も成長へのステップ

元々、最後はこうしなさい、

と伝えていたわけではないのですが

仲直りにはぎゅーっとしようか、と言ったら

そこから、ずっと続いています。

形から入ると

気持もそこで切り替わるようになり、

仲直りできるようになりました。

最近では、

ぎゅっとしなくても

仲直りもできるようになってきているのですが

仲直りをして、

しばらくしたら・・・・

「あ!仲直りのぎゅっ!を忘れてた!!」

と、慌ててハグをしています。

もはや習慣と化しているんだ・・

と、この時に気が付きました^^;

子供の習慣は大人よりも自然と身に付きます。

「やろう!」と意識をしているのではなく、

「こういうものだ」と思っているので

列があったら、順番に並ぶもの、

と、わたしたちが思うように

自然とそういうものだ、と思うから

習慣となりやすいんですね。

食事の前の「いただきます」

食事が終わったら「ごちそうさま」

食べ終わったものは自分で下げる。

これらも習慣となっているものだと思いますが

子どもたちはどうして習慣となっていくのでしょうか。

答えはモデルがいるから、です。

わたしたちがしていることは

子どもたちから見たら

当たり前のこと、として映ります。

わたしたちが横断歩道じゃないところを歩いていたら

横断歩道じゃないところを歩いてもいい。

おうちで汚い言葉遣いをしていたら

他の人にも汚い言葉遣いをしてもいい。

そうやって、子供の当たり前は作られていきます。

まさに「親の背中をみて大きくなる」です。

「子供が食器も下げない」

「言っても横断歩道を歩かないから危なくって」

「言葉遣いが本当に悪い」

それは、そのまま自分のしていることです。

子供の当たり前が、いいものでない、と感じるのならば、

それは自分にも見直さなければいけないところが

あるということです。

一番小さな単位の社会である家庭で学んだものは

外へ向かっていきます。

そこでの当たり前が

外に出たときに困るもの、と感じるのならば、

家庭から改めていきましょう。

子供は家庭での当たり前は

すぐに習慣化します。

良くも悪くも、です。

わたしたちも姿勢を正して

子供にとっての大人のモデルであると自覚をして

過ごしていきましょう。

だから、息抜きは子どもが寝た後、

が一番なのです。

ランキングに参加しています。「読みましたよ♪」クリックをいただけるとうれしいです
スポンサーリンク
レクタングル大(代)
レクタングル大(代)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. なあちゃん より:

    こんにちは☆

    自身がモデル!
    寝た後まで油断しないようにしなければ!!笑

    昔、よく、母が、「家でそうなら、外でもしてる。」と言われてました。
    年齢を重ねるごとに、納得しています(笑)

    子どもの習慣を見習いたいなぁと思いました!(^^)!

    • えりぃ より:

      こんばんは~なあちゃんさん。

      親の背中を見て育つ、と昔の方はよく言ったものですよね。
      背筋がしゃんとします。

      子供の振りを見て、わがふり直せ・・・ですね。